2011年05月16日
父の死
ついに父が死んだ。
呼吸不全に因る死だ。苦しい死に方だ。
13日の金曜日に葬儀をとり行い、つつがなく納骨まで終了した。
妹たちは棺に花を入れながら泣いていたが、自分の目から涙がこぼれることは一度もなかった。
小学校時代の旧友が受付をやってくれ、その後で棺を覗きこんで、「腹立つけど、おまえんちの葬式だけは泣いてまうわ。」とこぼしていた。
このときが一番ぐっときたかもしれない。
父に対して負の感情が多いことは前回のブログでも述べたが、今日は故人となったので、少し褒めておこう。
葬式の時に韓国の人や中国の人が遥か遠方からかけつけてくれた。
上海から飛んできてくれた人もいた。「おとうさんにはお世話になりました。」とのこと。
父は昔から外国人に世話を焼くのが好きで、カナダ人をホームステイさせたり、韓国の人を夕食に招いたりしていた。
自分が海外放浪に目覚めたのも、うちの娘が英語だけやたら出来るのも父の影響があるせいかもしれない。
彼は語学に堪能で韓国語も英語もそこそこ使いこなせていた。
幼い頃は、外人と英語で話す父を誇りに思ったこともあった。
人生のピークが30代で終わってしまった人だった。
さぞや無念な人生だったことだろう。
同じ轍を踏まぬように生きようと思う。
写真は36歳頃の俺。今に比べチョー若い。そして若干邪悪でとっぽい。

呼吸不全に因る死だ。苦しい死に方だ。
13日の金曜日に葬儀をとり行い、つつがなく納骨まで終了した。
妹たちは棺に花を入れながら泣いていたが、自分の目から涙がこぼれることは一度もなかった。
小学校時代の旧友が受付をやってくれ、その後で棺を覗きこんで、「腹立つけど、おまえんちの葬式だけは泣いてまうわ。」とこぼしていた。
このときが一番ぐっときたかもしれない。
父に対して負の感情が多いことは前回のブログでも述べたが、今日は故人となったので、少し褒めておこう。
葬式の時に韓国の人や中国の人が遥か遠方からかけつけてくれた。
上海から飛んできてくれた人もいた。「おとうさんにはお世話になりました。」とのこと。
父は昔から外国人に世話を焼くのが好きで、カナダ人をホームステイさせたり、韓国の人を夕食に招いたりしていた。
自分が海外放浪に目覚めたのも、うちの娘が英語だけやたら出来るのも父の影響があるせいかもしれない。
彼は語学に堪能で韓国語も英語もそこそこ使いこなせていた。
幼い頃は、外人と英語で話す父を誇りに思ったこともあった。
人生のピークが30代で終わってしまった人だった。
さぞや無念な人生だったことだろう。
同じ轍を踏まぬように生きようと思う。
写真は36歳頃の俺。今に比べチョー若い。そして若干邪悪でとっぽい。
Posted by kubogon at 22:49│Comments(0)
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